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扇の裏側だけが、彼女の居場所だった。 ヴァイスフェルト公爵家の外交はすべてセレーナが回している。 条約を設計し、各国と交渉し、合意を積み上げる日々。 けれど署名欄に彼女の名前が並んだことはない。 ...
ある日、見知らぬ令嬢が診察室に現れた。 そして、三日後にあなたは破滅すると告げた。 会ったこともない娘の、奇妙な予言だった。 けれど、その予言は当たらなかった。 三日が過ぎても、何も起きはしない。 ...
宝飾商から届いた礼状に、知らない女の名前があった。 伯爵夫人マルグリットは五年間、領地の帳簿も交渉もすべて担ってきた。 夫は「君がいるから安心だ」と笑っていた。 その安心を支えていた手で、夫の嘘を掘...
代官の家に生まれたミレイアは、「世継ぎが成人するまでの白い結婚」という契約で、辺境ヴァルダ伯家に嫁いだ。 求められたのは妻の情ではなく、急逝した前辺境伯夫妻が遺した幼い跡継ぎ——甥ロナンの養育と、領...
私の名前は、もう、念のためと呼ばれない。 三年、夫の口から出るその四文字を、私は数えてきた。 朝食の白湯に浮かぶレモンの皮ほど、軽い四文字。 その朝、夫は商会の令嬢を改鋳の主任に据えた。 私の印は、...
リナは、ずっと家の水を守ってきた。 井戸の鍵を預かり、台帳を整え、誰かの不満を飲み込んできた。 けれど婚約者に水くさい女と笑われた日、彼女は鍵束を机に置いた。 水が足りない屋敷で、なぜか粉挽き場だけ...
扇を閉じる音は、夜会では誰の耳にも届かない。 それでも私は、夜会の控えで、その音を確かに数えてきた。 婚約者の隣の席。 私のために用意されたはずの、その一席を、別の令嬢に譲った回数。 三十二回...
二十二の誕生祝いの夜、殿下の席はまた空いていた。 私は公爵令嬢セレスティア。 婚約から七年、殿下の隣はいつも乳姉妹のもの。 「君なら分かってくれる」その一言で、私は譲り続けてきた。 譲ってきたもの...
夫の隣には、いつも義妹が座っていた。 私はヴァルトハイム侯爵家の若夫人。年に四度の茶会を主宰し、家計も贈答も招待状の宛名も、私の机の上で整えてきた。 「彼女は家族同然なんだ」 「君なら分かってくれ...
招待状の宛名から、私の名前が消えていた。 四度目になる。 いつものことだ、と紅茶を一口だけ飲んだ。 侯爵令嬢ローズマリーは、公爵令息フィリップの婚約者だった。 婚約から三年。 社交界の席順から名前が...
「殿下の隣席は、もうお譲りいたします」 公爵令嬢イルゼは、扇を閉じてそう告げた。 礼をして、広間を出た。 十年、王太子の婚約者として、王宮の夜会を整え続けてきた。 名前で呼ばれることは、いつしか少な...
扇を閉じる音が、夜会の大広間に落ちた。 公爵令嬢クラウディアは、三年間婚約者の隣で外交席を支えてきた。両国語と古典語を操る稀有な通訳官。けれど婚約者ダミアンは、乳姉妹のミレイユを「特別」と呼ぶ。 ...
寝室の扉は、十年、開かなかった。 侯爵令嬢から伯爵夫人になって十年。 セレスティーヌは、夫の屋敷で、家令の役だけを担っていた。 夫は誠実な人柄だった。 ただ、乳姉妹を家族同然と呼び、いつも彼女を最...
お詫び状が、また一通届いた。 これで二十四通目。 アデライドは、もう数えるのをやめたかった。 伯爵令嬢である彼女には、婚約者がいる。 けれど観劇の約束は妹に奪われ、同伴の席も妹に譲られてきた。 そ...
死ぬほど尽くした。 それでも足りないと言われ続けた。 そして本当に、過労で死んだ。 目が覚めたのは、十五歳の入学式の朝だった。 勇者に十年を奪われた魔法使いフィーネは、一つだけ決めた。 あの男には、...
十年間、誰かのために使い続けた手だった。 その手を「偽物」と呼ばれた朝、クラーラは泣かなかった。 代わりにメモ帳を取り出して、荷造りリストを書き始めた。 聖女として神殿に尽くした十年。 けれど「本物...
十年間、夫に愛されなかった。 それでも宰相夫人を続けられたのは、外交の仕事にやりがいがあったからだ。 少なくとも、そう思い込むことで毎日を凌いできた。 各国大使との晩餐を差配し、禁忌食材を暗記し、条...
七年間、夫は一度も部屋を訪れなかった。 それなのに世間は私を石女と呼ぶ。 義母は持参金を横領し、夫は愛人と笑う。 侯爵夫人という名の檻の中で、私は静かに準備していた。 前の人生で法律を学んだ記憶が...
八年間の結婚は、嘘の上に建っていた。 夫の不倫を見抜いたセラフィナは、涙ではなく離縁状で幕を引く。 頼れる実家はない。 持参金も取り戻せていない。 港町で開いた小さな薬屋。 そこに持ち込まれるのは、...
引き継ぎ資料は三冊。十年分の仕事が、それだけに収まった。 宰相夫人として費やした十年間に、夫から感謝の言葉は一度もなかった。外交文書の翻訳も、夜会の段取りも、領地の帳簿も。すべて当たり前のように消費...
信じた人に捨てられた女は、もう誰も信じない。 聖女の讒言で断罪された公爵令嬢セラフィナ。 追放先は、北方の遊牧民族の族長のもと。 与えられた肩書は、第一夫人。 多妻制の後宮には、四人の妻が待ってい...
夜会の隅で、私は涙を流さなかった。 婚約破棄を告げる声は、王太子の口からではなく、宰相補佐の手元の通達書から、事務的に読み上げられた。 中央で泣くのはお義妹様で、王太子はその涙を拭うのに忙しい。 私...
三年間、夫と目を合わせたことがない。 政略結婚で公爵家に嫁いだロザリンドの日常は、一人きりの食卓だった。 夫は「氷の公爵」と呼ばれ、妻の名前を一度も呼ばない。 会話は月に数回の事務連絡のみ。 白紙婚...
信じた人に裏切られることには、慣れていた。 侯爵令嬢ベアトリクスは「闇の魔女」と断罪された。 婚約者の王太子が宣告し、聖女が涙ながらに証言する。 父は庇わなかった。 弁明の機会すら、与えられなかった...
過労死して、悪役令嬢エリーゼに転生してしまった。 華やかな舞踏会の夜、王子から婚約破棄を突きつけられる。 その瞬間、前世の記憶が戻ってくる。 社畜だった日々、辞表を書けなかった朝、倒れたあの会議室。...
紅茶のカップに、銀の蓋を載せる。 それが、ヴェルネシア王国の貴婦人が、会話を打ち切る作法だった。 半年前に婚約を破棄されたクラリスは、離れの一室で、その蓋の音だけを友に暮らしていた。 届いた一通の書...
亡き親友と、帝都の雪の中で交わした約束がある。 「貴女の子が生まれたら、私があの子の母になります」 白い結婚の側妃として七年、ユーディトはその約束だけで生きてきた。暦を組み、帳簿を閉じ、夜の星の間...
天啓の巫女メリザンド・ラーゲンフェルト伯爵令嬢は、婚約者である第二王子に七年のあいだ災厄の予言を届け続けてきた。全三十七通。すべて「虚言癖の戯言」として焚書され、とうとう断罪場で婚約破棄を宣告される。...
やっと、定時退勤できる。 晴れ晴れとした気持ちで、エヴァは朝の空を見上げた。 勇者に不要と言い渡された、その日のことだった。 彼女は勇者パーティの副長。 三年間、糧食も矢も兵卒の名簿も、一人で抱えて...
伯爵家に嫁いで十年。私は夫を愛し、屋敷の帳簿も領地経営も外交書簡も、ひとりで管理してきた。 結婚十周年の朝、夫の書斎の抽斗に、余分な鍵が一本あった。二重底から見つけた日誌に、こう書かれていた。「計算...